(書評)本を読んで視覚障害者が見る世界を知る
今年度はデザイナー仲間とアクセシビリティについて学び合う機会が増え、自分自身もアクセシビリティにとても興味を持つようになりました。そこで、長期休暇を利用してアクセシビリティに関する本を読みました。
「見えないから、気づく」浅川智恵子(著)坂元志歩(聞き手) ハヤカワ新書
読み進めやすい上に多くの発見が詰まっている良書でした。
色々な視点で読み進めることができる本
この本の魅力は、いろんな視点から読める点だと思います。個人的に感じた視点を3つ挙げます。
女性活躍の視点
著者は1958年生まれ。私の親と同世代ですが、親が専業主婦だったこともあり、同じ時代を生きた女性の生き方の違いに興味をひかれました。特に、日本で女性の社会進出が始まったばかりの時代に、第一線で活躍していた浅川さんの半生は、とても印象的でした。
障害者活躍の視点
著者は「女性だから」というよりも「視覚障害者として」の方が、苦労が多かったと語っています。著者が務めるIBMは1980年代には既に男女平等が進んでいた一方で、障害のある人への環境はまだ発展途上だったようです。そんな状況でも、誰も挑戦していない分野に果敢に飛び込み、視覚障害者のアクセシビリティ向上に尽力し続ける著者の強さに感銘を受けました。
コンピューター発展の視点
技術に詳しくない私でも、著者がプログラミングを始めた頃から今に至るまでの技術の進化の話が、とても興味深く読めました。
著者が初めてコンピューターに触れた時代は、まだパンチカードを使い、打ち間違いを目で見て確認する必要があったそうです。視覚障害のある著者は、オプタコンという特殊なツールを使って確認作業をしていたとのこと。このツールは文字の形を振動で伝えるもので、その振動パターンを理解するための練習が必要だったそうです。音声出力が当たり前の今のパソコンしか知らない私には、そんな苦労の多い方法でプログラミングをしていた時代があったことに驚きました。
(こちらの記事の動画で、実際にオプタコンを使用する様子がわかります)
本書の後半で紹介されているAIスーツケースの開発については、技術的な解説もあり、この分野に興味がある人にはより深く楽しめる内容になっていると思います。
著者が手がけた視覚障害者支援ツールの話
著者はこれまで視覚障害者支援ツールを数多く手がけてこられましたが、ここでは2つほどご紹介します。
miChecker
1つのウェブサイトが視覚障害者にとってどのように「見える」のかを示すツールです。著者は前身のaDesignerを開発されました。現在はオープンソース化されて総務省を通じてmiCheckerとして配布されているそうです。
総務省のサイト
Windowsのみ対応しております。残念ながらMacに対応しておらず、業務用も個人用もMacユーザーな私はまだ試用できておりませんが、長い休みが明けたら会社からPCを借りて利用してみる予定です。
インクルーシブ・ナビ
バリアフリーのナビゲーション・システムアプリです。当初は視覚障害者のためのリアルワールド・アクセシビリティ向上のために開発されておりましたが、現在は主に車椅子利用者やベビーカー利用者の外出をサポートしています。
インクルーシブ・ナビ
首都圏にお住まいの方はぜひ該当施設内でアプリを利用してみてください。
関西在住の私はすぐ向かうことができないため、関西で支援技術を体験できる施設を探し行ってみました。その話はまた次回のブログで書きます。
個人的に響いた話
本書の中でも特に個人的に印象に残った話を書きます。
アクセシビリティとイノベーション
現在、日常的に利用されているテクノロジーの中に実は障害者をきっかけに発明され社会に浸透しているものが数多くあるという点に驚きました。例えばグラハム・ベルの母親が聴覚障害者になったことをきっかけに電話が発明され、ヴィントン・サーフが聴覚障害者になりコミュニケーションを円滑にしたいとのことからインターネットの基本プロトコルが設計され、生成AIの「視覚言語モデル」は視覚障害者のニーズが研究の動機の一つとなっているそうです。
上記例はまさに「障害者のニーズが新たなイノベーションを生み出すきっかけとなり、それが社会に実装されることですべての人々の生活の質が向上できる」(本書から引用)素敵な典型例だと思いました。
アプリとアクセシビリティ
スマホというツールが物とつながりアクセシブルになる昨今、当然仲介するアプリもアクセシブルでなくてはいけません。
しかし著者の経験では、アプリ開発者の多くがアクセシビリティに配慮した作り方を知らないようです。
実は、使いづらいアプリでもちょっとした改善でアクセシブルになるそうです。ただ途中で変更を加えるのは大変なので、開発初期からアクセシビリティの配慮ができるに越したことはありません(途中で変更する難しさは私も業務で実感します)。アプリ開発に関わる私たちは、アクセシビリティへの配慮の仕方をしっかり学び開発初期から取り組んでおく必要がある、と強く感じました。
さいごに
社内のアクセシビリティ有識者の方から「まずは様々な人の状況を知ることが大切」とアドバイスをもらい、今回は視覚障害のある人の視点から書かれたこの本を読みました。しかし、日常生活で困難を感じるのは視覚障害のある人だけではありません。障害の有無に関係なく、誰もが何かに困っている場面があるはずです。これからは、もっといろんな人の困りごとに目を向けてすべての人が困難を感じることなく生活できる開発に携わっていきたいです。